「結局、好循環を回すことでしか成り立っていけない」
そう話すのは、高田馬場で間借りのダイニングバー「潮ビストロ ロアーナ」を開業したばかりの鈴木太智さんです。
中学生の時点で調理師としての道を決め、山梨のホテルでフレンチを7年。
上京後は池袋のダイニングバーをはじめ、3店舗で経験を積み、15年にわたって飲食の現場を歩んできました。
2026年6月12日のオープンからおよそ1ヶ月。
まだ走り出したばかりの今だからこそ語れる、開業準備のリアルと経営への向き合い方を聞きました。
〈取材者=橋本 帆栞(店舗高値買取センター)〉
自営業一家に育ち、中学生で進路を決めた

まずは、飲食の道を選んだきっかけを教えていただけますか?

実家がもともと自営業で、母親が美容師、父親が板金屋という家だったんです。
姉も美容師ですし、兄2人も建築関係で、家族全員が職人気質というか。それで自分も何か手に職をつけたいという気持ちがもともとあって。
上のきょうだいと年が離れていたこともあって一人でいる時間が多く、母親の手伝いで料理をする機会が多かったんですが、特にお菓子を作るのが好きで。
部活でお菓子を作って友達にあげていたら、『そういう道に進んだら?』と言ってもらったのもあって、調理師になろうと思って。高卒と同等の資格がもらえて、同時に調理師免許が取れるところを自分で調べて進学しました。

中学生ですでに自分の将来の道を定められていたんですね。

兄からずっと、『やりたいことは早めに決めておいた方がいい』と言われ続けていたのもあって。それを決めたのが中学校の時でしたね。
母親が美容師、父親が板金屋という職人気質の家庭で育った鈴木さん。
家族からの「やりたいことは早めに決めろ」という言葉の影響もあり、中学生の時点からすでに調理師になるという道を選んでいました。
高校と同時に調理師免許が取れる学校を自ら調べて進学するというスピード感は、その後の経営スタイルにも通じています。
パティシエの夢からフレンチへ、そして接客にも

その学校の卒業後は、ホテルに就職されたんですね。

はい。もともとパティシエになりたかったんですが、ちょうど入学のタイミングで洋菓子を教えていた先生が抜けてしまって、製菓のカリキュラムがなくなってしまったんです。
就職でもパティシエの方向の職場がなくて、「ホテルに入れば洋菓子が作れるかもしれない」という話を聞いて、そっちに進みました。
山梨にあるホテルでフレンチを7年やって、25歳になったタイミングで夢だったパティシエをやろうと上京したのですが、フレンチとパティシエの技術は全然違っていて。洋菓子店に3ヶ月くらい入っていた時期もあったのですが、あまり合わないなと思って辞めました。

その後はどうされたんですか?

ホテルのキッチンはお客さんと対面することがほぼなかったので、接客もしたいという気持ちがあって。フランクに接客ができる居酒屋系のお店に行こうと思って、池袋にあったダイニングバーに社員として入りました。
パティシエを目指して選んだ高校で洋菓子コースがなくなるという誤算がありながらも、ホテルでフレンチを7年、その後上京して池袋のダイニングバーへ。
夢を実現するための形は変わり続けましたが、「作ること」と「お客さんと直接向き合うこと」という2つの軸はずっとぶれていませんでした。
パティシエを諦めた先で経営を学び、仲間と出会った

その池袋のお店はどんな場所だったんですか?

アジアンリゾートをコンセプトにした、おしゃれな居酒屋、という感じのダイニングバーでした。
私が社員として入ったタイミングでちょうど前の店長が辞めるところで、入れ替わりで私が店長になって。3ヶ月後にはその上にいたマネージャーも辞めてしまったので、入社して4ヶ月で2店舗を回すというめちゃくちゃな状態になりました。
1年くらいそれをやった後に、さすがにきついから誰か採用してくれと言ったタイミングで、今の共同経営者と一緒に働くことになったんです。

その時の経験が今の経営にも繋がっているんですね。

そうですね。実質的に経営に近いことをやっていたので、その経験が今の店舗運営にかなり活きています。
あと、共同経営者や、社員ともそこの繋がりからなんです、今のチームは。
入社3ヶ月でマネージャーが抜け、店長としてアルバイトと店を回すという試練の中で、現場経営の実力を磨きました。
そこで出会った人との繋がりが、今回の出店の原点にもなっています。
間借りという選択と、低コスト出店の現実

間借りという形は、所有者に無断ですと解約リスクも付きまとうので、多く見かけるわけではないですが、今回の物件はどういった経緯で決まったんですか?

共同経営者から紹介があって、物件オーナーも承諾している間借りで、コストも低く借りられるという話をもらったのが最初です。
当時は別の職場で働いていたのもあって、一度は断ったんですが、4月中旬くらいにもう一度声をかけてもらって、やってみようということになりました。物件をずっと計画的に探していたというよりは、タイミングと縁も大きかった感じですね。

なるほど。間借りならではの利点はあったんでしょうか。

初期費用が全然違いますよね。
敷金礼金なども含めると、飲食店の物件取得って本当に重たいんですよ。そこの負担が軽いというのが、チャレンジに踏み切れた一番の要因だったと思います。
借りている先のお店とは今も良好な関係を保てていますし、昼間の時間も使わせてもらえているので、本当にいい条件だと思っています。
物件を能動的に探したというよりも、タイミングと縁の力も大きかったという今回の出店。
間借りという形で初期費用を大幅に抑えられたことも、出店という大きなチャレンジに踏み切れた要因のひとつでした。
ただし、物件オーナーの承諾の有無や、間貸し先ときちんと良好な関係を築けるかは、間借り飲食店においては大切な要素になってきます。
そのためにも正しい情報収集や、信用のおける仲介を通じることが、安心して出店への第一歩を踏み出すことへと繋がります。
役割分担と仕入れ、オープンまでの戦い

出店にあたって、特に大変だったことはありますか。

私と共同経営者で最初から役割分担をしていて、対外営業やネット関係、人脈作りは共同経営者が担当、私が店舗の管理や育成、マニュアル作り、メニューや原価の管理をやるという形で始めています。

メニューは社員と2人で1から全部決めたんですが、仕入れ業者との打ち合わせがなかなか噛み合わなくて苦労しました。
前職のオーナーさんからアドバイスをもらっていて、個人店のバックアップをしてくれる会社を紹介してもらって。卸業者の紹介や食器の調達など、そういったサポートも活用しながらなんとか間に合わせた感じです。

かなりギリギリの中での開業だったんですね。

本当にギリギリでした。私自身も5月末まで前の職場で働いて、そのまま休まずに6月1日の契約開始と同時にこちらの事業に移行して。
食べログ用の写真撮影も前日に泊まり込みで、私と社員が前泊して、朝から料理を作って撮影するという状態でした。掲載も6月のオープンに間に合わなくて、7月からようやく掲載がリリースという形になっています。

これまでの人との繋がりや、人脈といった部分も役立ったという形ですかね。

そうですね。
ただ人脈って、ただ繋がっているだけじゃなくて、その人に『助けてあげたい』と思ってもらえるかどうかが大事だと思っていて。
仲良くしていても来てくれない人は来てくれないじゃないですか。でも、必ず来てくれる人というのは、その人のことが好きだとか、その人に儲かってほしいという気持ちがある人で。そういう人を増やしていけるように、自分でも何かを与えていくことが人脈という意味では大事かなと。

なるほど、反対に知り合いでない方についてはどうですか?

一般のお客さんに関しては、結局いい食事の体験をしてもらえれば次に繋がっていくと思っています。
いくら宣伝したところで、中身が伴っていなければリピーターにはなってもらえないですし、一見さんを常連にするのが一番難しいので。
鈴木さんと共同経営者の方とで、明確に役割を分けた形でのスタート。
仕入れ業者との交渉や紹介業者を通じたパイプ作りなど、個人店ならではの苦労をクリアしながら、前職を辞めた翌日から開業準備というギリギリのタイムラインで6月のオープンを迎えました。
集客の壁と、高田馬場という街の特性

実際に経営してみて、想定と違ったことはありましたか。

集客の問題が一番直結してきますね。
さっきお話したダイニングバーは駅近の繁華街で、オーナーが外への訴求がとにかく上手な人で。常連さんはいないのに一見さんだけバンバン入ってくるという状態だったんです。
でもここは1本入った路地なので、通りがかりというよりも来てもらうというアプローチになる。インスタと食べログを使いながら、お客さんにどうアプローチしていくか、というのを今まさにやっているところです。

高田馬場という街ならではの特性みたいなものはありますか。

ここを開けるまであまり知らなかったんですが、近くのお店同士が仲良くて協力し合っている雰囲気がありますね。
各お店に元々ついている固定客がメインで、新規でわざわざ来るという人は少ない。『馬場に来たらあの店に行くぞ』というお客さんがついているお店が多い印象です。
だからこそ街全体の顧客数を増やすためにお店が協力し合っているような感じで、さっき話したのとはちょっと逆のアプローチというか。ここでは来てくれた方を常連にできるような準備をしっかりしておくことが大事だなと感じています。
以前運営に関わっていた店舗とは環境が違う路地裏の店舗。
Instagramと食べログのweb媒体を軸にした集客を模索しながら、高田馬場という街が持つ「近隣店舗が協力し合い、固定客を街全体で増やしていく」という独特の文化にも気づき始めています。
現状維持は後退と同じ。次の店舗も視野に

飲食店経営で特に大事だと思うこと、あるいは『こうだと危ない』と感じることはありますか?

かつての職場で店舗運営に携わっていて感じたのですが、現状維持で満足してしまうのはよくないな、と思っています。
私がいた時はすでに5年以上メニューが1個も変わっていなかったのに、それでもオーナーの集客力でお客さんが入っていたし、色々変えていこうという勢いがあった。
ただ、私たちが辞めた後に次の店舗展開も止まって、現状維持になってしまって、最終的にはお店自体もなくなってしまった。 結局、現状以上を望まないと、それは後退しているのと一緒なんです。

スタッフの育成と収益のバランスも難しそうですね。

そうなんです。
従業員を雇っている以上、スタッフが成長するにつれて給料も上げていかないといけないし、下も入れて育てていかないといけない。その分の売上は1店舗だけで賄い切れないので、店舗を増やして収益を分散していく、そういう好循環を回し続けることでしか成り立っていかないと思っています。
なので今はなるべく早く、1年くらいで次の店舗を開けられるように利益を出していこう、という目標で動いています。
かつての職場が「現状維持」の中で衰退していくのを目の当たりにした経験から、鈴木さんは開業前から「1年で次の店舗を出す」という目標を掲げています。
スタッフが育つにつれて人件費も増える。その分を賄うには売上も規模も増やし続ける好循環を作るしかない、という冷静な経営観が言葉の端々から伝わってきます。
弊社・店舗高値買取センターとの関わり

実は弊社も、鈴木さんの共同経営者の方を通じて物件のご紹介に関わったご縁がありまして。
こうしてお話を聞かせていただけて嬉しいです。

そうですね。そういったご縁もあって今回こちらでお話しさせていただいています。

今後、次の店舗を出される時や移転などをお考えの際は、ぜひまたご相談いただければと思います。
物件探しから契約まで、サポートさせていただきます。

はい、ありがとうございます。その際はぜひよろしくお願いします。
今回の出店にはご縁という言葉がよく似合います。
共同経営者の方を通じた弊社とのつながりが、このインタビューにも繋がりました。また次の店舗展開という目標に向けて動き出す際にも、ぜひ一緒に考えられればと思います。
これから出店する人へ──「売り」を決めてから始める

これから飲食店を始めたいという方へ、何かアドバイスをいただけますか。

やっぱり方向性を明確にした方がいいと思います。
私たちがオープン当初あまり良くなかったのは、何がメインなのかが決まり切っていなかったこと。
全体的にオススメではあるんですが、『これだけは必ず売るぞ』という1品が最初にはっきりしていなかった。
今回はメニュー追加でそこを再設計して、ようやく軸ができてきた感じです。でも、やるなら最初にやっておけば良かったとも思っています。

共同経営ならではの気をつけるべき点などはありますか?

ビジョンのすり合わせが絶対に大事です。意見をちゃんと言い合える関係かどうか。それができないなら共同経営はやめた方がいいと思います。
逆にそれができるなら強みになる。私たちは別々の強みがあって、それを活かしながらやれているので、今のところずれはないかなと思っています。
1ヶ月でメニューの更新に踏み切ったのは、「メインの1品が決まっていなかった」という反省からでした。
また共同経営においては、ビジョンのすり合わせと、意見を言い合える関係性が絶対条件だと言います。長年の経験から来る言葉には、まだ開業1ヶ月とは思えない重みがあります。
早くから自身の進路を決め、ホテルのフレンチ、洋菓子店、ダイニングバーの店長と15年かけて積み上げてきたキャリアが、今この店舗に結実しています。
「現状維持は後退と同じ」という言葉は、かつての職場の衰退を目の当たりにしたからこそ出てくる言葉です。開業たった1ヶ月でその言葉を口にできる経営者が、どんなお店を作っていくのか、これからが楽しみです。
飲食店の出店をお考えの方は、ぜひ弊社・店舗高値買取センターにご相談ください。物件探しから契約まで、一緒に考えてまいります。
○店舗情報
潮ビストロ ロアーナ
〒169-0075
東京都新宿区高田馬場4-17-17 1階
TEL : 090-2698-6628
Instagram : @roana_tokyo
LINE: https://line.me/ti/p/e4UuJX_iC5
食べログ:https://s.tabelog.com/tokyo/A1305/A130503/13323133









