「錆びてからやめるのは嫌だ」──17年の飲食経営から戦略的撤退を選んだオーナーが語る、次のフェーズへの移り方

出店者・撤退者インタビュー

「繁盛しているまま、自分の手で引きたい」
そう語ったのは、17年にわたって飲食業を経営してきた市橋美幸さんです。
工場勤めから飲食業のオーナーへ転身し、福生にあるラウンジを皮切りに複数店舗を手がけてきました。
コロナ禍をきっかけに先を見据えた戦略転換を図り、現在は弊社・店舗高値買取センターのサポートのもと、店舗の整理を進めながら再生医療クリニックへの出資や大家業へと軸足を移しています。
「ダメになってからやめる」のではなく、余裕のあるうちに次へ踏み出すという決断の背景に、どんな考えがあったのか。お話を伺いました。

〈取材者=橋本 帆栞(店舗高値買取センター)〉


弊社との出会いは、大家として物件を任せたことから

橋本
橋本

本日はお時間をいただきありがとうございます。
まずは、弊社との最初の関わりについて教えていただけますか。

市橋さん
市橋さん

最初は私が貸主として、テナントの前後の仲介をしてもらったご縁だったんです。
その時、契約期間がギリギリのタイミングだったのに、次のオーナーさんを2週間かからないくらいで連れてきてくれて。そのスピード感がすごいなと思って、自分の店舗の撤退についても、いいタイミングだったのでご相談したいという気持ちがありました。

橋本
橋本

それ以来、色々な物件をお任せいただいていますね。本当にありがとうございます。

市橋さん
市橋さん

お互い様ですよ。大家自身で次のテナントを探そうとしても、なかなか難しいところがありますから。力になってもらえるのはありがたいです。

最初の接点は市橋さんが貸主側としての関わりでしたが、担当者のスピード感と信頼感から、自身の店舗撤退のサポートも任せていただくことになりました。
そこから関係が続いているのは、「一度築いたご縁を大事にする」という市橋さんの人柄にもよるものかもしれません。


工場勤めから飲食へ。30歳前の転身

橋本
橋本

そもそも、飲食業を始めたきっかけはなんだったんでしょうか。

市橋さん
市橋さん

経営する前はずっと工場勤めだったんですよ。それはそれでよかったんですが、月の収入に限度がある。
30になる前くらいに、もう少し収入を増やしていけたら、と考えていたタイミングで、ラウンジを経営しませんかという話が来たんです。それがこの『ラウンジ 姫』でした。

橋本
橋本

なるほど、それはキャリア的に大きな転換でしたね。
最初の頃に大変だったことはありますか。

市橋さん
市橋さん

もちろん最初は色々とありましたよ。安定した会社員生活を完全に辞めるわけですから。
ただ、やってみてダメならその時はその時だろうと。やってみて、気づいたらすぐルートに乗りましたね。昔でしたから、売上や集客は最初からすごく良かった。
悩んだのは本当にスタッフのことだけでしたね。

橋本
橋本

スタッフとの関係が一番大変だったんですか?

市橋さん
市橋さん

マネジメントの経験がゼロだったので、立場としてのやり取りや言葉の表現がうまくいかなくて、かなりストレスでしたね。そんな状態が3年近く続きました。
ただ、お客様もいる中で、スタッフとうまくやれないのは辞める理由にはならない。
結局、自分が変わって丸くなっていくしかないと気づいて、意識を変えていきました。 自分の思いばかりを押し通せば、気づいたら一人ぼっちになってしまいますから。

時代柄もあり、お店が軌道に乗るのは早かった一方で、人との関わり方には3年かけて向き合ったという市橋さん。
「自分が変わる」という選択は、後のインタビューで語るアドバイスにも通じる、市橋さんの経営哲学の原点になっています。


17年続けてこられた理由は、お客様だった

橋本
橋本

17年もの間、飲食業を続けてこられた理由はなんでしょうか。

市橋さん
市橋さん

やっぱりお客様の力が大きいですね。年齢も職業も、人生の中の段階も違ういろんな方と接することができて、「みんなが先生」みたいな感覚があって。
だからこそ、この職場を維持していくことは絶対に自分がするべきことだと思っていましたし、最悪1人になっても残っていかなきゃという気持ちでやっていました。
この業界がますます好きになっていったのも、お客様のおかげです。

「お客様がみんな先生」という言葉が印象的です。サービスを提供する側でありながら、常に学ぶ姿勢で接してきたことが、17年という長い経営の支えになってきたのではないでしょうか。


コロナが教えてくれた、「止まる怖さ」と「体の限界」

橋本
橋本

福生にあるお店以外にも、複数の店舗を手がけるようになったのはどういった経緯だったのですか?

市橋さん
市橋さん

きっかけはコロナでしたね。飲食店が全部止まってしまって。
飲食一本だと、こういうイレギュラーなことが起こって止まる時に全部止まってしまう怖さを感じた。
それと自分も年齢を重ねてきて、夜だけの営業スタイルをこのまま続けることへの体力的な不安もありました。
うちの飲食は全て夜7時から翌朝1時が基本で、でも、お客さんによっては3時、4時……と続く。そのリズムはやっぱり体に良くないんですよね。
それで地方のテナントは減らして、都心部にも足場を作っていこうという方向に動きました。それが大久保店の出店に繋がっていますね。

橋本
橋本

コロナで全部止まってしまった時、どんなことを感じましたか。

市橋さん
市橋さん

65歳になって現役で働けなくなった時ってこういう感じになるんだろうな、と。
国からの保障もあったし、今すぐ生活していけなくなるみたいな不安はなかったんですが、みんな外に出なくなって、気持ち的にも体的にも急にリズムが変わってしまう感覚が怖くて。 このままの流れで5年10年やっていっても、体を壊して終わるだけと思うと、それが嫌でしたね。

コロナは多くの飲食店にとって大きな打撃でしたが、市橋さんにとっては「このまま続けた先」を具体的にイメージするきっかけになりました。
危機をただ乗り越えるだけでなく、そこから次の一手を考えられるかどうか。
その差が、その後の動き方を大きく分けたようです。


体の不調が、再生医療との出会いを生んだ

橋本
橋本

それで、今は飲食業以外にも軸足を置こうとされているわけですね。
今はどういった業種をされているんですか?

市橋さん
市橋さん

それもコロナきっかけでしたね。
2年前にコロナにかかってしまって、17年近くずっと夜勤の状態でしたから、色々な症状が出てきてしまったんです。普段、お酒もタバコもやらないんですが、それでも体はダメージを受けていたんだなと実感して。
そこで再生医療のクリニックに通い始めて、最初は患者として治療を受けながら、とてもいいなと思ったので出資させてもらいました。株主みたいな形ですね。
あとは台湾語と中国語も話せるので、インバウンドのお客さんの対応や翻訳もさせてもらっています。

橋本
橋本

なるほど。飲食で人と接した経験が、そちらの道にも繋がっていたんですね。

市橋さん
市橋さん

そうなんです。こっちのお店からクリニックの患者さんになってくれている方も何人かいて。
コロナがきっかけで体調を崩して、それが再生医療との出会いになって、そこから翻訳の仕事にも繋がっていった。なんか全部繋がっていくんですよね。
再生医療はまだ保険が効かないので高額ではありますが、自分自身が患者として効果を実感しているものなので、もっと広めていきたいという気持ちもあります。

橋本
橋本

なるほど。とても素敵な考えだと思います。


「錆びてからやめたくない」──繁盛している店を、畳むと決めた理由

橋本
橋本

最初の方でもおっしゃっていましたが、飲食の店舗を整理していくと決めた背景を教えてください。

市橋さん
市橋さん

そうですね、コロナをきっかけに、5年前くらいから軸足を移していきたいな、という計画は持っていたんです。
それを、御社との出会いをきっかけに「今やろう」と思って始めている形になりますね。

市橋さん
市橋さん

「今やるぞ」とならなかったら、ずっとなれないまま、気づいたら錆びてしまう。
錆びてからやめるのは嫌なんです。ダメになってズルズル終わるのは寂しいし、長年通ってくれているお客さんに胸を張って「今までありがとう」って言えないじゃないですか。
「体が壊れたから辞めます」「お店がどうにもならなくなったから辞めます」というのはよくあるやめ方ですが、自分はそういうやめ方はしたくない。繁盛しているまま、自分の意志で引きたいんです。

橋本
橋本

でも、お店がうまくいっているうちは、続けたくなったりしませんか。

市橋さん
市橋さん

それはもちろんありますよ。
ただ、ズルズル続けることは勇気はいらないけれど、それによって絶対に失われるものがある。今は周りが見えているし、飲食以外のことも見えている。深くのめり込みすぎたら、上がってこられなくなってしまう。
余裕があるうちに自分で片付けておきたいんです。遊んでから片付けるんじゃなく、余裕を持って片付ける。そういう終わり方をしたいと思っています。

「繁盛中に撤退を決断する」というのは、言葉にすると簡単ですが、実際にできる人はそう多くありません。
5年前から計画を持ち、タイミングを見極めて動いた市橋さんの姿勢は、撤退を「失敗」ではなく「戦略」として捉えていることの表れではないでしょうか。


大家としても、街を次の世代へ

橋本
橋本

大家としての立場からは、今後どのようなことを考えていますか。

市橋さん
市橋さん

自分がお店を経営して収入を得るというアプローチから、若いオーナーさんたちに引き継いでもらいながら、街を元気にしていくという立ち位置に軸足を変えていきたいと思っています。
ずっと同じパターンで経営者が変わらなければ街は変わらないし、新しいお客さんも新しいスタイルも入ってこない。そのためにも自分が整理していくことが街にとっても大事だと思っています。
家主としての現実的な話をすると、街が寂しくなれば家賃収入も少なくなりますしね。(笑)

自分のお店を畳むことが、他の人の出店に繋がり、街の活性化に繋がるという発想は、経営者であると同時に大家でもある市橋さんならではの視点です。
個人の利益と街全体の利益を重ね合わせて考えられるのは、長年この地域で商売を続けてきたからこそではないでしょうか。


これから飲食店を始める人へ──お客様も仲間も、同じ「第一」

橋本
橋本

では、これから飲食店を始めたいという方へ、何かアドバイスをいただけますか。

市橋さん
市橋さん

ご縁を大事にすること、それとスタッフや仲間もお客様と同じ第一に考えることですね。
お客様を第一にするのは当たり前ですが、一緒に働く人も同じくらい大事なんです。 あとは聞く耳を持つこと。自分の目線だけですぐ判断しないで、まずはちゃんと話を聞く。人との関係はすべての財産ですから。

橋本
橋本

なるほど。それでもやっぱり人間関係の難しさはあると思うのですが、そこについてはどう向き合ってこられましたか。

市橋さん
市橋さん

合う合わないはもちろんあります。
でも合わないからといってすぐ切らないで、3ヶ月、半年、1年……お互いに少し大目に見てあげる。 感情的になったタイミングでバッと切るんじゃなくて、ちゃんとタイミングを見て判断する。
ただ、方向性が違うのにずっと一緒にいるのもお互い足を引っ張ってしまう。最大限歩み寄って、それでもダメなら「ごめんね、合わなかったね」と笑って別れられるのが一番だと思っています。

「短期で感情的に動かない、でも長くズルズルもしない」という人間関係への向き合い方は、飲食店経営そのものの判断にも重なります。
お客様との関係も、スタッフとの関係も、そして撤退の決断も、自分の判断で考え、適応してきた市橋さんの言葉には、一本の筋が通っています。


17年の飲食業で積み上げてきたものを、「錆びる」前に次へ渡す。
市橋さんの選択は、撤退を「終わり」ではなく「転換」として捉えることで成り立っています。

余裕があるうちに動く、繁盛しているうちに決断する。
それは簡単なことではありませんが、その決断ができる人が、次のステージでも自分らしく動き続けられるのではないでしょうか。

飲食店の出店・撤退を考えている方にとって、市橋さんの歩みが一つの参考になれば幸いです。
弊社・店舗高値買取センターは、出店・撤退のどちらの場面でもご相談をお受けしています。


○店舗情報

ラウンジ 姫

〒197-0011
東京都福生市福生882-1
JR青梅線「福生駅」徒歩3分
TEL: 04-2553-7733

JEANS 中華美食屋

〒169-0074
東京都新宿区北新宿1丁目1-20
プリオール三信ビル2F
JR中央線「大久保駅」徒歩4分
TEL: 080-2067-5915


弊社、店舗高値買取センターは、飲食業に挑戦する皆様の
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